
- 八丈町指定
- 町郷土資料
不受不施僧の墓

不受不施は日蓮宗の一派で、信者でないものから受けず施しもしないという宗制を固守したため、幕府から危険視され、遂に寛文6(1666)年、キリシタン同様禁断の厳令が下り、多数の信者が磔・斬・流等の刑に処せられました。八丈島にも多数の流刑者が送られましたが、戦前まで本山の妙覚寺から供養料が送られていたといいます。
- 指定年月日
- 昭和51年5月11日
- 員数等
- 5基
- アクセス等
- 町営バス「向里」より徒歩5分


不受不施は日蓮宗の一派で、信者でないものから受けず施しもしないという宗制を固守したため、幕府から危険視され、遂に寛文6(1666)年、キリシタン同様禁断の厳令が下り、多数の信者が磔・斬・流等の刑に処せられました。八丈島にも多数の流刑者が送られましたが、戦前まで本山の妙覚寺から供養料が送られていたといいます。