八丈町の概要

八丈町の概要

町章

この紋章は「躍進八丈」の意義を表現しています。八丈の文字をそのまま鳥形に意匠することにより、八丈が希求する永遠の平和と未来永劫やむなき進展とを象徴したものです。
(昭和32年10月制定)

町の花

ストレチア
学名:ストレチア・レギネ 原産地:南アフリカ喜望峰
ばしょう科に属し、花は葉のつけねから極めて優美華麗な長い花茎を出し、その花の形から“極楽鳥”が連想されます。

町の木

フェニックス
・ロベレニー

和名:しんのうやし 原産:インドシナ
八丈島では、大正5年に雌雄2本を移入したのがはじめで、太平洋戦争で一時中断しましたが、戦後、花き園芸が復興するなかで文字通り「不死鳥」のようによみがえり、世界でも有数の栽培地となりました。

町の鳥

アカコッコ
日本特有の美しいツグミの一種。伊豆諸島と屋久島だけに生息します。翼長平均12cmほどのかわいらしい小鳥で、広葉樹林などに巣を作り昆虫、木の実などを好んで食べます。

町の魚

ハマトビウオ
八丈島では「ハルトビ」と呼ばれており、ハルトビ漁は、明治時代から盛んに行われ、羽根のあるおめでたい魚として店頭を飾ったものです。春先になると、産卵のため伊豆諸島南方から島伝いに北上することから、別名「春告魚」ともいわれ、八丈島周辺への回遊が最も多く漁獲高でも八丈島漁業の重要な地位を占めていました。近年は漁獲量も減り、貴重な魚となりました。

交流

【姉妹都市】
ハワイ州マウイ郡

日本のハワイと呼ばれた「八丈島」と、渓谷の島「マウイ島」が、美しい永遠の友情を築き世界平和に貢献しようという理念の元、姉妹都市提携の調印式が昭和39年8月10日マウイ島において行われました。以来、今日まで双方の交流が盛んに行われています。

【姉妹島】
沖縄県南大東島

八丈島民が開拓に成功した南大東島と昭和57年1月23日に姉妹島提携を結びました。1月23日は八丈島からの開拓者が上陸の一歩をしるした記念日で、南大東島には八丈島にゆかりのあるものが多く残っています。

【友好都市】
東京都小笠原村

小笠原諸島返還記念日の昭和63年6月26日に八丈町と小笠原村が友好都市提携を結びました。また、毎年6月には八丈町からの小笠原親善訪問も行われています。

人口(国勢調査)

人口 世帯数
昭和15年 8,939人 1,882世帯
昭和22年 12,218人 2,761世帯
昭和25年 12,887人 2,960世帯
昭和30年 12,344人 2,728世帯
昭和35年 11,818人 2,819世帯
昭和40年 11,315人 2,959世帯
昭和45年 10,316人 3,082世帯
昭和50年 10,318人 3,375世帯
昭和55年 10,244人 3,685世帯
昭和60年 10,024人 3,806世帯
平成2年 9,420人 3,781世帯
平成7年 9,476人 4,079世帯
平成12年 9,488人 4,345世帯
平成17年 8,837人 4,310世帯
平成22年 8,231人 4,090世帯

八丈島とは

八丈島は、東京の南方海上287キロメートルに位置し、面積69.11平方キロメートル(※1)のひょうたん型をした島です。地形的には富士火山帯に属する火山島であり、南東部を占める三原山(700.9メートル)と北西部を占める八丈富士(854.3メートル)から成り立っています。
(※1)国土地理院が公表した平成26年10月1日時点の面積

気候

気候は、黒潮暖流の影響を受けた海洋性気候を呈し、年平均18.1℃、高温多湿で雨が多いのが特徴です。

5つの集落

集落は、島の南東部に位置する三原山を中心とする樫立・中之郷・末吉で形成される坂上地域と、島の経済活動の中心地である大賀郷・三根で形成される坂下地域があります。

八丈小島

八丈小島は、八丈島の北西7.5キロメートルの海上にあり、島のほぼ中央にあたる太平山(616.8メートル)から成る面積3.1平方キロメートルの火山島ですが、昭和44年6 月に全員離島し、現在は無人島です。

産業・商工

産業は農業(花き観葉植物栽培)と沿岸漁業を基盤としています。商工では焼酎やくさや加工、伝統的工芸品の本場黄八丈織などのほか、各種の観光関連サービス業が中心となっています。

町の歌

八丈町歌
「春告魚と呼ばれる羽ばたく魚・ハルトビに、力強く未来へ躍進する町の姿を重ねた歌詞と、みんなで肩を組んで歌える歌をイメージした曲を合わせました。歌の随所には町のシンボルが盛り込まれ、八丈町の風景が浮かびます。
(平成26年12月制定)
八丈町歌のページへ