宇喜多秀家墓

宇喜多秀家墓

区分:都指定
指定年月日:S35.2.13
種別:旧跡
員数等:1基

解説:宇喜多秀家(1572?-1655)は備前国の武将宇喜多直家の子で、豊臣秀吉の寵遇を受け、朝鮮出兵等に活躍します。秀家の秀は秀吉の一字を与えられたものです。備中・備前・美作に約50万石を領し、備前宰相として秀吉の五大老に列せられました。また、秀吉の養女となった前田利家の娘を正室として迎えたことから、前田家とも姻戚を結びました。

関ヶ原の戦いで敗れたため、慶長11(1606)年に八丈島に流され、明暦元(1655)年に死去しました。墓は、約7m四方の玉石垣に囲まれた一族墓の中央に五輪塔形の墓石で、天保12(1841)年に9代秀邑が建てたものです。当初の墓石は、傍らにある位牌型の墓で、現在地より西北方にあったものを移転したものです。
―東京都文化財情報データベースより―

アクセス等:町営バス「大脇前」バス停より徒歩1分

備考:駐車場がございます。

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